本日5月10日は,開校記念日です。今年71年目を迎えました。昨年11月11日に学校創立70周年記念式典を行い,地域に根ざした,さらなる飛躍を誓いました。

 本日,開校記念日を祝し,本校創設の起源を把握すると同時に,今後も皆さんと一緒に力を合わせて新しい歴史を刻んでいきましょう!
 本校は,これまでに11,113名が巣立ち,以下①~④と校名変更を重ね,地域に優秀な人材を輩出してきました。同窓生は,全国各方面で活躍しています。

 

昭和21年4月16日 旧本吉郡津谷町に①宮城県津谷農林学校(町立)として開校
    同年5月10日 開校式挙行 定員:農林科男子50人,女子40人(1学年)

 

 終戦直後,食料や生活物資が不足する極貧の中で,町の将来を真剣に考えた末に産業振興を図るための教育が求められ,町民の懇願の基に地域発展のための人材育成がスタートしました。学校下の津谷川に架かる橋の名前が「学園橋」ということからも町民の期待感がうかがえます。

 

昭和23年 宮城県に移管され,②宮城県津谷農林高等学校と改称
  定員:農林科(男子)50人,農村家庭科(女子)40人
     定時制課程:農業科・家庭科・普通科の合計120人 <大谷分校あり>

*町から,町の北側に位置する愛宕山の南斜面約85.8haを寄付され, 学校演習林(学校林)としては全国で2番目に広い面積を誇っていた。昭和55年まで植林が続けられ,日本学校植林コンクール特選入選をするなど全国にその名を とどろかせた。校門を入って右側の学校植林コンクール特選記念碑がその証です。

 昭和24年 通常課程(全日制)普通科 定員:50人<1学年(男女共学化)>

 昭和48年 ③宮城県津谷高等学校と校名変更 定員:農業科男女共学40人,普通科も昭和57年には4クラスまで増加

 昭和61年 農業科を廃止,産業技術科へ

 平成11年 総合学科に改編と同時に④宮城県本吉響高等学校と校名変更

 

◎校訓:「響生」「知性」「至誠」について
 「至誠」は津谷農林高等学校創設時の校訓のひとつである「至誠一貫」を継承しています。本校創立当時から,誠のこころをもって自然や人と調和しながら生き,知性を身につけ情報に通じ積極的に行動することで生徒ひとりひとりの自己実現を図り,地域の明るい未来を切り開く人材に育って欲しいという切なる願望が込められています。

 昔も今も本校は地域から愛され期待されています。皆さんの保護者だけでなく,地域の方々があなたたちを見守り,常に応援してくれています。常日頃の心のこもった挨拶と優しく思いやりのある行動が本校生徒の持ち味であると確信しています。本校生としての誇りを持った高校生活を送ってください。

 時間は限られていますが,可能性には限りはありません。皆さんの夢実現に向け,知性を身につけ,将来郷土に貢献できる人間になって欲しいと心から願っています。結びに皆さんの今後益々の活躍と学校の発展,地域の復興を心から祈念しています。(校長 會田 敏)